大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)21298号 判決

本訴原告兼反訴被告

甲野一郎

外三名

右乙川二郎・丙山三郎・丁村四郎訴訟代理人弁護士

甲野一郎

右甲野一郎・丙山三郎・丁村四郎訴訟代理人弁護士

乙川二郎

右乙川二郎・甲野一郎・丁村四郎訴訟代理人弁護士

丙山三郎

右乙川二郎・甲野一郎・丙山三郎訴訟代理人弁護士

丁村四郎

本訴被告兼反訴原告

山田太郎

右訴訟代理人弁護士

玉木賢明

主文

一  本訴被告は、本訴原告乙川二郎、同丁村四郎に対して各金五〇万円、同丙山三郎に対して金三〇万円および同甲野一郎に対して金二〇万円並びに右各金員に対する平成六年五月二一日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴原告らのその余の請求及び反訴原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを三分し、その一を本訴原告兼反訴被告らの負担とし、その余を本訴被告兼反訴原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(本訴)

本訴被告は、本訴原告ら各自に対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれに対する平成六年五月二一日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(反訴)

反訴被告らは各自、反訴原告に対し、金一二〇万円及び平成六年七月五日から右支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件の当事者らは、いずれも弁護士である。

本件本訴請求事件は、本訴原告らが、本訴被告が先に訴外大澤商事有限会社(以下「大沢商事」という。)の訴訟代理人として本件原告らを相手方(被告)として行った損害賠償請求の訴えの提起が、その目的及び態様からして、著しく公序良俗に反し、違法性を有する不当な訴訟であり、その訴訟代理人である本訴被告は、そのことを知りながら、又は容易に知り得たのにもかかわらず、右訴え提起に及んだものであるから、右訴えの提起は不法行為に当たり、本訴原告は精神的苦痛を被ったなどと主張して、本訴原告ら各自に対して各金五〇〇万円の慰謝料の支払うことを求めている事案である。

一方、本件反訴請求事件は、反訴原告が、先に反訴原告が訴訟代理人として行った損害賠償請求の訴えの提起には違法はなく、反訴被告はそのことを知っているにもかかわらず、あえて本訴請求事件を提起したものであるから、反訴被告らによる右本訴請求事件の提起こそ不法行為に当たると主張して、名誉毀損による損害賠償一〇〇万円及び応訴に要した弁護士費用二六九万円の合計金の内金一二〇万円の支払を求めている事案である。

一  前提となる事実(本訴反訴共通)

1  訴外大澤商事有限会社(以下「大澤商事」という。)は、平成五年二月ころ、同人が賃貸していた不動産につき、いずれも賃借人の債務不履行(賃料不払い)により賃貸借契約を解除したと主張して、後記アウの各事件についてはその賃借人である有限会社大陸(以下「大陸」という。)及びその連帯保証人である岩本昌己こと李相洪(以下「岩本」という。)を被告として、後記イの事件については賃借人である大陸を被告として、後記エの事件については、賃借人である有限会社新光商事(以下「新光商事」という。)及び岩本を被告として、それぞれ賃借人である被告に対して右各物件の明渡しを求めるとともに、賃借人及び連帯保証人の両名に対して延滞賃料及び賃料相当損害金の支払を求める訴えを浦和地方裁判所熊谷支部に提起した(浦和地方裁判所熊谷支部平成五年ワ第四八号ないし同五一号。以下、これらの事件を「熊谷訴訟」という。)。

明渡しを求めた物件(賃貸借契約の目的物件)

ア 四八号事件 熊谷市〈以下住所略〉所在の遊技場寄宿舎一棟

イ 四九号事件 同市〈以下地番等略〉の共同住宅・事務所のうち四〇三号室

ウ 五〇号事件 熊谷市〈以下地番等略〉の土地ほか二筆の土地

エ 五一号事件 富岡市〈以下地番等略〉所在の遊技場一棟

(甲二〇ないし二三)

2  右熊谷訴訟の審理は、同年三月二五日に第一回口頭弁論が開かれたが、右事件の被告らは、新光商事が賃借していた富岡市〈以下住所略〉ほか所在の遊技場について、大澤商事の株式会社朝日店舗(以下「朝日店舗」という。)に対する改装工事代金を大陸が立替払いしたから、求償債権との相殺ないし免除により、賃料債務は消滅しており、債務不履行はないなどと主張して、右事件原告大澤商事の主張を争った。

なお、右訴訟は、同年一〇月一二日の第五回口頭弁論期日以降は、右四件の事件が併合して審理された。

(甲六の一ないし同二〇)

3  その後、平成六年一〇月二八日に開かれた第一三回口頭弁論期日において、大陸及び新光商事に対する弁論が分離され、従前の主張を改めて、大陸は右四八号ないし五〇号事件の各請求を、新光商事は右五一号事件の請求をそれぞれ認諾した。

4  そして、右四八号事件、五〇号事件、五一号事件について、残った岩本に対する関係で審理が続けられ、平成七年六月二日の第一六回口頭弁論期日で弁論が終結されて、同年七月一四日、いずれの事件についても、原告全部勝訴の判決が言い渡され、右判決は同年八月一日の経過により確定した。

なお、右判決は、岩本の前記の相殺の主張について、店舗改装工事の請負契約は、大陸と朝日店舗との間に締結されたものであるから、求償債権は発生していないとして、岩本の主張を排斥している。

5(1)  本訴事件原告甲野一郎(以下、単に「甲野」という。)、同乙川二郎(以下、単に「乙川」という。)は熊谷訴訟が継続した直後から同事件の被告である大陸、新光商事及び岩本の訴訟代理人に就任し、右の者らのために訴訟活動を遂行したが、両名とも、平成六年一月二八日の第七回口頭弁論期日の直前ころ、右熊谷訴訟の訴訟代理人を辞任した。

(乙川、甲六の一ないし七)

(2) 右両名の辞任後、熊谷訴訟は、平成六年一月二八日に開かれた第七回口頭弁論をもっていったん弁論が終結されたが、その直後、本訴原告丙山三郎(以下、単に「丙山」という。)、同丁村四郎(以下、単に「丁村」という。)の両名が、辞任した甲野及び乙川に代わって右熊谷訴訟における大陸及び新光商事の訴訟代理人に就任し、同年二月七日付けで弁論の再開申請を申し立てたところ、同月九日に弁論の再開が決定され、右両名の弁護士は、平成七年六月二日の弁論終結時まで同人らの訴訟代理人として訴訟活動を行った。

(丁村、甲六の八、同八)

(3) 一方、本訴被告山田太郎は(以下、単に「山田」ともいう。)、平成五年一二月ころ、熊谷訴訟の大澤商事の訴訟代理人に就任し、それ以前から大澤商事の訴訟代理人であった田辺幸一弁護士とともに、弁論終結時まで大澤商事の訴訟代理人として訴訟活動を行った。

6  大澤商事は、右熊谷訴訟の係属中の平成六年三月四日、本訴被告を訴訟代理人として、同事件の大陸らの訴訟代理人であった本訴原告ら四名の弁護士を被告とし、同人らが、右熊谷訴訟において、大陸及び新光商事に対して賃借権の消滅した不動産について同社らが引き続き占有権原を有しているという誤った助言及び指導、又は裁判上の主張を行い、これによって、賃料又は賃料相当損害金の支払不能状態にあった両社が平成四年七月から平成六年一月までこれらの支払をしないままに、従前大澤商事から賃借していた各物件を占有することに協力したと主張して、民法七一九条一項二項の規定に基づき、本件原告ら各自が、大澤商事に対してこれらの未払賃料及び損害金相当額の合計三億一六〇三万円を支払うことを求める損害賠償請求訴訟を当庁に提起した(当庁平成六年四二二六号損害賠償請求事件。以下「別件東京訴訟」という。)。

なお、右別件東京訴訟では、本訴原告ら四名とともに、岩本光史(大陸の代表者)、岩本福子(岩本光史の母親であり、大陸の大口出資者)も被告とされている。

7  別件東京訴訟は、平成九年六月二〇日に第一回口頭弁論が開かれ、その後、大澤商事の訴訟代理人である本訴被告は、別件東京訴訟の平成九年二月一七日の口頭弁論期日において、本訴原告らに対する請求を、左記の各金額とこれらに対する平成六年六月四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める請求に減縮した。

甲野につき 一億九九三三万七一三二円

乙川につき 二億三〇四六万〇四一〇円

丙山、丁村につき 各二九六一万九五七二円

(甲一〇の一、弁論の全趣旨)

8  また、大澤商事の訴訟代理人である本訴被告は、別件東京訴訟の口頭弁論終結時まで、甲野ら四名の違法行為の具体的な内容として、①甲野、乙川については、熊谷訴訟の口頭弁論において、大陸の訴訟代理人として、大澤商事の朝日店舗に対する改装工事請負代金債務一億一七〇〇万円を大陸が立替払いしたので、この求償債権と大陸の賃料債務とを相殺すると主張したが、右は真実と異なる主張である、②丙山、丁村は、弁論の再開を申立て、かつ、真実と異なる内容の相殺の抗弁を主張したことをそれぞれ指摘した。

(甲三ないし五、同一〇の一、弁論の全趣旨)

9  別件東京訴訟は、訴えの提起の時から三年の間に二二回の口頭弁論期日又は準備手続期日が開かれ、平成九年三月一七日に口頭弁論が終結されて、同年七月二八日、原告の請求をいずれも棄却する旨の判決が言い渡され、右判決は、控訴人期間の経過により、同年八月一二日に確定した。

(甲一〇の一及び二、弁論の全趣旨)

二  本訴事件についての当事者らの主張

(本訴原告ら)

1(1) 本訴被告は、平成六年三月四日、大澤商事の訴訟代理人として、本訴原告らに対し、別件東京訴訟を提起したものである。

(2) しかし、本訴原告らは、熊谷訴訟において、依頼者である大陸、新光商事及び岩本から、大澤商事との紛争経緯を聴取した上で、右に聴取した事実が立証できるならば、大澤商事の請求に対しては、相殺の抗弁をもって対抗でき、また、和解による紛争の早期解決も十分に可能であると判断し、訴訟における相殺の抗弁の提出、弁論の再開の申し出などの訴訟活動を訴訟の各段階に応じて行ったものであって、これらは正当な弁護士活動であり、何らの違法もない。

また、弁論を再開するか否かは職権事項であり、再開を申請すること自体が違法となることはあり得ない。

(3) しかも、過去にも右訴えのような請求が認容された例はなく、右請求に理由がないことは、弁護士である本訴被告としては、十分知悉していたし、仮にそうでないとしても、過去の判例を調査すれば容易に知り得たはずである。

(4) そして、別件東京訴訟は、本訴被告が、熊谷訴訟において裁判所が弁論の再開を決定した直後である平成六年二月一四日に本訴原告丙山に電話をかけて「先生は事実関係を把握した上で受任したのか。」「訴訟の引き延ばしは不法行為に当たるので、受任すれば損害賠償請求訴訟を起こしたいので、事務所の住所を教えて欲しい。」などと強迫した後、間もなくして、提起されたものであることからすれば、本訴被告は、熊谷訴訟を有利に解決する目的で提起したものであり、このような訴えの提起は、本訴原告らの正当な弁護士業務に対する妨害であって、その目的及び態様において著しく公序良俗に反し、強い違法性を有する。

(5) また、右のような訴え(別件東京訴訟)の提起は、被告とされた弁護士の通常の正当業務を妨害する危険が大きく、弁護士としては、仮に依頼者から依頼されたとしても、断じて拒否すべきである。

(6) したがって、このような事情の下で、大澤商事の訴訟代理人として不当な目的であえて別件東京訴訟を提起した本訴被告の行為は、大澤商事の不法行為とは別個に、本訴被告自身の不法行為に当たるというべきである。

2 また、本訴被告は、平成七年三月二日の別件東京訴訟の口頭弁論期日に陳述した準備書面において、大陸及び岩本が大澤商事の店舗及び駐車場の利用を妨げる意図をもって不法占拠していると主張した上で、本訴原告らが、それに加担し、朝日店舗に対して、岩本に協力するように働きかけており、本訴原告らが「平然と不法行為に加担し、それによって利益を享受することを生業としている人間」であると主張したが、右のような主張及び表現は、訴訟遂行上の必要性もなく、社会的に許容される範囲を逸脱した不穏当な表現であって、違法な弁論活動である。

3 損害

本訴原告らは、本訴被告による別件東京訴訟の提起により応訴を余儀なくされ、また、右訴訟の提起と違法な弁論活動により、弁護士としての名誉が著しく毀損され、甚大な精神的苦痛を受けた。

そこで、これを慰謝するには、各自金五〇〇万円が相当である。

4 よって、被告に対し、原告らは、民法七〇九条に基づき、各自金五〇〇万円および別件東京訴訟の訴状送達の翌日である平成六年五月二一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(本訴被告)

右1ないし3はすべて争う。本訴被告の主張は、反訴についての反訴原告の主張1と同様である。

三  反訴についての当事者らの主張

(反訴原告)

1 別件東京訴訟の提起には、次のとおり、違法な点はない。

(1) 熊谷訴訟は、大陸が大澤商事から借りていたパチンコ店舗及び駐車場について、賃貸借契約が解除された後も、賃料相当損害金の支払及び供託をすることなく、右パチンコ店舗及び駐車場の占有を継続していた事案である。

(2) 右訴訟において、支払停止会社が高額な賃料相当損害金の支払をすることは不可能または極めて困難であり、正当な権原者が占有の排除を求めているのに、真実と異なる事実を主張し、裁判を引き延ばしたものであって、これが違法な占有の継続に加担したものと評価されるのは当然である。

(3) 反訴被告らは、大澤商事の代理人として「大陸は、大澤商事と朝日店舗との間で別のパチンコ店の改装工事請負契約が締結されていたが、その立替払をした。」と主張し、立替払による求償金と賃料との相殺契約の成立又は一方的意思表示による相殺を主張した。

しかし、実際には、右内装工事請負契約は、大陸と朝日店舗との間で締結されたものであり、また、朝日店舗は大陸から請負工事代金全額の支払を受けていなかったものであり、反訴被告らは、大陸と朝日店舗との間の仮契約書の存在及び大陸が朝日店舗に対し全額の支払をしていないこと、大陸が支払不能にあるという事情を知りながら、右主張を行ったものであるから、大澤商事の違法な占有の継続に加担した悪質な行為である。

(4) そこで、反訴原告は、大澤商事からの損害賠償請求の依頼を検討し、さらに、東京弁護士会会長宛質問状を出し、同会副会長より、弁護士といえども不法行為をすれば損害賠償責任を負う、損害賠償責任を負うかどうかの判断は裁判所がするという回答を得て、別件東京訴訟の受任に踏み切ったものである。

(5) したがって、別件東京訴訟の提起が適法であることは明らかである。

2 それにもかかわらず、反訴被告らは、このような適法な反訴原告の行為が不法行に当たるとして本訴を提起したものであるから、右訴えの提起は、共同不法行為に当たる。

3 反訴原告は、本訴提起によって名誉が毀損され、また、応訴のための弁護士費用等相当額の損害を被ったが、前者の損害は金一〇〇万円に相当し、また、後者の損害は、日本弁護士連合会の報酬会規によれば金二六九万円と認めるのが相当である。

4 よって、反訴原告は、反訴被告らに対し、民法七一九条一項の不法行為に基づいて金三六九万円のうち一部である金一二〇万円の損害賠償請求をする。

(反訴被告ら)

右1ないし3はすべて争う。

四  争点

したがって、本件の争点は次の各点である。

1  本訴被告が訴訟代理人として行った別件東京訴訟の提起は、本訴原告らに対する関係で、本訴被告自身の不法行為に当たるか。

2  本訴被告が平成七年三月二日に訴訟代理人として行った別件東京訴訟の陳述の内容及び表現が、本訴原告らに対する関係で、本訴被告自身の不法行為に当たるか。

3  反訴被告らが行った本件本訴請求事件の提起は、反訴原告に対する関係で、不法行為に当たるか。

4  右1ないし3のいずれかが肯定されるとすれば、その場合の損害額

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  まず、別件東京訴訟において本訴被告が違法な訴訟活動であると主張した各行為についてみると、次の各事実が認められる。

(1) 熊谷訴訟において、乙川らが、事件を受任し、相殺の主張を行うに至った経過は次のとおりである。

ア 乙川は、平成五年三月二日、当時係争中のパチンコ店を実質的に管理していた岩本から、熊谷訴訟の訴訟代理人となることを依頼されたが、その際、岩本は、「新光商事が経営するパーラーわんさか2(富岡市〈以下住所略〉ほか所在の遊技場)の改装工事代金を大澤商事の方で負担するという約束で工事を始めたが、大澤商事が途中で支払ってくれなくなったので、大陸が工事代金を支払い、その代わりに賃料は支払わなかった。」と賃料不払いの理由を説明した。

そこで、乙川は、右説明のような内容がきちんと立証できるのであれば、裁判でも戦えるが、相手方に有利な証拠もあるだろうし、相手方の代理人の田辺幸一弁護士が和解を提案していることもあるから、まず和解する方向で進めたらよいであろうと説明し、これを前提として、右訴訟を受任することとした。

イ 次いで、乙川は、同月四日、改装工事を行った朝日店舗の代表者である四方且己及び岩本を朝日店舗に紹介した渡辺欽司とも会って事情を聴取したところ、同人らからも、店舗の改装を依頼したのは、大澤商事であり、朝日店舗としては、大澤商事から工事の残代金をもらうべきところ、一部を大陸が立替払いしているなどと説明を受けた。

ウ また、乙川は、右四方且己から送付を受けた朝日店舗の元帳の写しによって、工事代金一億四〇〇〇円のうち大澤商事から三五〇〇万円の支払がされている旨の記載があることを確認した。

エ そこで、乙川は、これら総合検討して、岩本の説明した立替金に関する説明は相手方に主張できるものと判断し、相殺の主張を行った。

オ なお、甲野は、当時、同人の経営する法律事務所に乙川が所属していたため、訴訟代理人になったが、実際の訴訟活動は、すべて乙川に任せていて、甲野自身は、実質的な訴訟活動には携わらなかった。

(乙川、甲一一、同一七ないし一九、頁同二四)

(2) 次に、丁村らが熊谷訴訟を受任し、弁論の再開を申し立てるに至った経過は次のとおりである。

ア 丁村及び丙山は、右乙川及び甲野の辞任後、岩本から熊谷訴訟の依頼を受け、受任することとしたが、その時点は、右事件は、すでに終結され、判決の言渡しが予定されていた。

イ しかし、岩本は、丁村及び丙山に対し、従来の自分の主張を説明するとともに、自分の証人尋問も行われていないし、主張したいこともあり、また、従来和解を行ってきた経緯もあるので、弁論を再開して訴訟の進行を図って欲しいとの希望を述べた。

ウ そこで、丁村及び丙山は、平成六年二月七日付けで弁論の再開を申し立て、同月九日に弁論再開決定がなされた。

(丁村、甲六の七ないし九、同八)

2  ところで、一般に、訴えの提起は、その後の審理の結果において当該請求に理由がないと判断された場合であっても、相手方に対する違法な行為に当たるとはいえないが、提訴者又は訴訟代理人が、当初から、当該請求が事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、相手方を害するなどの意図をもって、あえて訴えを提起するなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる場合には、このような意図をもって提訴に及んだ提訴者又は訴訟代理人の行為は、違法であり、不法行為に当たると解される。

3  そこで、右のような前提に立って、別件東京訴訟の提起の違法性の有無を判断する。

(1) 前記のとおり、山田は、平成五年一二月ころ、熊谷訴訟の原告である大澤商事の代理人に就任したものであるが、末尾掲載の証拠によれば、右就任後、別件東京訴訟を提起する前後までに、山田は次のような各行為を行ったことが認められる。

ア 山田は、大澤商事の訴訟代理人として初めて出頭した平成五年一二月二〇日の第六回口頭弁論期日において、それまで続けられてきた和解手続の継続に難色を示し、そのため、裁判所は、右期日において和解勧告を打ち切った。

イ 次いで、同人は、平成六年一月一六日には、大澤商事の代理人として、甲野、乙川の両名に対し、「甲野、乙川の両名が、大陸及び新光商事に対し、大澤商事との間の賃貸借契約が賃料不払によって解除されて右両社の占有権原がなくなったにもかかわらず、その後も大陸及び新光商事に占有権原があるとの誤った助言、指導又は裁判上の主張をし、大澤商事に損害を被らせたので、甲野、乙川の両名に対し、三億二一三万八〇〇〇円の損害賠償を求める訴訟を行う」旨を記載した「通告書」と題する書面を送付した。

ウ そして、翌七日には、右通告書を受領した乙川が、山田に電話して、「通告書」の趣旨を問い質すとともに、その撤回を求めたのに対し、山田は、右通告書に記載した内容が共同不法行為に当たるので、損害賠償訴訟を提起する予定であると回答し、撤回の求めに応じようとしなかった。

エ しかし、その一方で、山田は、乙川との間で直接電話等で続けられた和解交渉が、平成六年一月一七日に代理人の間では一応の合意に達し、その合意に沿った和解案の文案を作成した際には、乙川の申し入れを受けて、自ら右文案中に「大澤商事有限会社の弁護士甲野一郎先生及び弁護士乙川先生に対する債権はいっさいないことを確認する。平成六年一月一六日差し出した通告書は撤回する。」との記載をした(なお、右和解案は、当事者の最終的な同意が得られなかった。)。

オ 右和解交渉の決裂後、乙川及び甲野が大陸らの訴訟代理人を辞任し、同月二八日の第七回口頭弁論期日には被告側が出頭しないまま弁論が終結されて、同年三月四日に判決が言い渡されることとなったが、そのころ、丙山及び丁村が、大陸らの訴訟代理人として就任し、前記のとおり、弁論再開の申立てを行い、同年二月九日に弁論の再開が決定され、同日付けで同年三月一七日に口頭弁論期日が指定された。

そのような中で、山田は、同年三月四日、大澤商事の代理人として、当庁に対し、甲野、乙川と新たに訴訟代理人に就任したばかりの丙山、丁村を被告として、別件東京訴訟を提起した。

カ また、山田は、大澤商事の代理人として、同月一一日には、やはり丁村及び丙山に対し、「訴訟引き延ばしに関与したので弁護士会の懲戒審査に付することを決定した。また、既に損害賠償訴訟(別件東京訴訟)を提起した」旨を記載した「警告書」と題する書面を送付した。

キ さらに、同月一三日には、大澤商事の代理人として、「和解には応じない。貴職が当社に対し、和解の申入れをした場合、貴職の訴訟行為に訴訟遅延の目的があるものとみなす」などと記載した「警告書」と題する書面を送付した。

(乙川、丁村、甲六号証の六ないし九、同一二ないし一四の一及び二、乙二七)

(2) 別件東京訴訟は、右(1)のような経緯を辿る中で、山田が大澤商事の代理人として提起したものであるが、乙川及び甲野と丙山及び丁村とは、熊谷訴訟についての関与の態様及び期間がまったく異なるにもかかわらず、乙川ら四名に対する請求は一律に金三億一六〇三万円の支払を各自に求めるという請求である一方、訴状には、本件原告らの違法行為の内容としては、甲野及び乙川については、当該事件の被告である大陸らに対し、同人らに占有権原があるという誤った助言、指導又は裁判上の主張を行ったこと、丙山及び丁村については、弁論の再開申請をしたことをそれぞれ指摘するだけで、それらの行為がなぜ大澤商事に対する関係で違法な行為となるのかについても具体的な根拠を示めさなかった。

そして、その後、大澤商事の代理人である山田は、弁論終結時までに、甲野に対する請求を一億九九三三万七一三二円に、乙川に対する請求を二億三〇四六万〇四一〇円に、丙山及び丁村らに対する請求をいずれも二九六一万九五七二円に減縮したものである。

(甲一、同一〇号証の一、弁論の全趣旨)

(3) 右別件東京訴訟の第一審判決は、平成九年七月二八日に言い渡されたが、大澤商事が被告らの違法行為として主張した点については、「弁護士が訴訟代理人として受任した事件についての口頭弁論の再開の申立てを行うことは弁護士が民事訴訟法の枠内において依頼者の利益を擁護すべく活動するにあたっての当然の訴訟活動であり、そもそも口頭弁論を再開するか否かは受訴裁判所が職権により決定することであるから口頭弁論再開の申立て自体を違法と評価することはできない。また、乙一三によれば、右被告四名の別件訴訟における相殺の主張は、岩本及び関係者の供述を聴取し、これを吟味した上で主張されたものであると認められ、本件全証拠によっても、この主張が民事訴訟による紛争解決手続の枠内における訴訟代理人の訴訟活動として違法なものと評価すべき事情を窺うことはできないから、右被告四名の応訴態度が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き違法であったとは認めることはできない。」旨を判示して、大澤商事の主張をいずれも排斥している。

(甲一〇号証の一)

(4) ところで、弁護士である山田としては、右のような訴訟提起に当たっては、従来の裁判例に照らし、別件東京訴訟で主張したような訴訟に関する活動としての弁護士の行為が違法と認められるのは、同訴訟の第一審判決が判示するとおり、その目的及び態様等からして裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られることを当然認識していたものであり、仮にそうでなくとも容易に認識できたはずである。

そして、熊谷訴訟における乙川らが相殺の主張を行った経緯及び丙山らが弁論再開の申立てを行った経緯は、前記2記載のとおりであり、こうした客観的事情の下では、山田が、右訴訟を提起するに当たって、乙川らの訴訟活動が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く行為であったと立証できる見通しの下に右訴訟の提起に及んだとは認め難く、そのような見通しがあったことを裏付ける証拠もない。

むしろ、別件東京訴訟は、山田が、熊谷訴訟の代理人として就任して間もなく、前述の「警告書」など威嚇的な内容の文書を次々と訴訟の相手方の代理人である乙川らに発した時期に提起されていること、右訴訟の提起時には、丙山及び丁村は、熊谷訴訟の代理人に就任した直後であって、同人らは、弁論の再開を申し立てた程度の以上の訴訟活動をしていなかったにもかかわらず、同人らについても、乙川及び甲野と同額の巨額の損害賠償を請求していること、山田は、前記「警告書」において乙川及び甲野に対して別件東京訴訟と同内容の請求権の存在を主張しておきながら、その後の熊谷訴訟についての乙川との和解交渉においては、簡単に右請求権が存在しないことを確認する和解案を作成していること等からすれば、前記認定の経過の中で行われた別件東京訴訟は、熊谷訴訟における大澤商事の訴訟代理人に就任した山田が、その請求には理由がないことを知りながら、又は容易に知り得たにもかかわらず、訴訟の相手方である大陸らの訴訟代理人であり、又はその直前まで訴訟代理人であった乙川らに対して不当な圧力をかけて、熊谷訴訟を大澤商事側に有利に進行させようとの目的から、あえて提起したものであると認められる。

(5)  そして、このような訴えの提起は、訴訟代理人の活動として許される範囲を逸脱し、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く行為であるというべきであって、乙川ら四名に対する不法行為に当たると認められる。

二  争点2について

1  証拠(乙川、甲九)及び弁論の全趣旨によれば、山田は、別件東京訴訟の平成六年七月一一日付け準備書面において、乙川らが熊谷訴訟において訴訟代理人として相殺等を主張をしたことを悪質なものであると非難した上で「右のような行為が不問に付されては、一般社会は、弁護士という職業、その職業につく人間をどのような考えるであろうか。平然と不法行為に加担し、それにより不利益を受けないどころか、利益を享受する職業、そういうことを生業としている人間であると考えられてもやむを得ない。」と記載し、右書面を平成七年三月二日の別件東京訴訟の口頭弁論期日に陳述したことが認められる。

2 確かに、右の表現のうち「平然と不法行為に加担し、それにより不利益を受けないどころか、利益を享受する職業、そういうことを生業としている人間であると考えられてもやむを得ない。」という表現は、乙川らについて述べたものであるとすれば、穏当なものとは言い難い。

しかし、右記載部分を、前後の文脈から判断すれば、反訴被告としては、一般に弁護士は社会において高い評価を受けており、弁護士がその職務遂行の過程で不法行為に関与したにもかかわらず、それが放置されるならば、弁護士という職業に対する信用が失墜するという一般論を述べようとしたものであると理解するのが相当である。

したがって、右の表現を含む準備書面を陳述した山田の行為が違法な弁論活動であるとの本訴原告らの主張は認められない。

三  争点3について

反訴原告は、同人の行った適法な別件東京訴訟の提起を不法行為に当たるとして本訴を提起したものであり、右訴えの提起こそ不法行為に当たると主張する。

しかし、反訴原告の行った別件東京訴訟の提起が違法であり、反訴被告らに対する不法行為に当たると判断すべきものであることは、前記のとおりであるから、反訴原告の右主張は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  争点4について

証拠(乙川、丁村)及び弁論の全趣旨によれば、本訴原告らは、前記一に認定した本訴被告の違法な訴えの提起によって、職務として行った訴訟活動が違法な行為に当たると主張され、約三年六月にわたり、別件東京訴訟の被告としての地位に置かれたこと、そのため、本訴原告らは、応訴活動を余儀なくされ、二二回に及ぶ口頭弁論期日及び準備手続期日には、丁村と乙川が毎回出頭し、丙山も時々出頭するなどの訴訟活動をせざる得なかったことがそれぞれ認められ、こうしたことによって、本訴原告らは、いずれも強い精神的な苦痛を被ったことが認められる。

そこで、本訴原告らが被った右の精神的な苦痛を金銭をもって慰藉するとすれば、乙川及び丁村については各五〇万円が、丙山については三〇万円が、甲野については二〇万円が相当である。

五  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、乙川及び丁村について各五〇万円、丙山について三〇万円、甲野について二〇万円及び右各金員について本件不法行為の後である平成六年五月二一日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がなく、また、反訴請求はすべて理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官市村陽典)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例